韓国インディ好きによる韓国インディ好きのためのサービスを提供する”DOINDIE”という会社をご存知だろうか。韓国のインディシーンをメディア、イベント制作、マネジメントなど、多岐に渡って支えてきた多国籍チームである。
私がDOINDIEの存在に気づいたのは2019年頭のことであった。たまたまインターネットで韓国の音楽情報をリサーチしていた時にDOINDIEのサイトに行き着いたのだが、そこには韓国インディアーティストのプロフィールや公演情報、音楽スポットなどあらゆる情報が網羅的にまとまっており、衝撃だったのを今でも覚えている。驚くことに、そのサイトを運営しているのは、韓国人、外国人を含むインディ好きのボランティアメンバー、つまり、無償で働くスタッフだという。
DOINDIEのスタンスに非常に共感し連絡したところ、運営者の一人であるリム・ドヨン(林道年 / Doyeon Lim)さんに話を聞くことができた。韓国のインディシーンに尽力してきたリムさんに、DOINDIEの実態、韓国インディシーンの今と未来、そして今後の展望について語ってもらった。
韓国インディを世界に
発信する"DOINDIE"
ーまず、DOINDIEについてご紹介いただけますか?
DOINDIEは、韓国インディ音楽を扱うWEBマガジンとしてスタートしました。 2014年の秋にローンチし、イギリス人のパートナーであるパトリック・コーナー(Patrick Connor)と一緒に運営してきました。韓国のインディアーティストに少しでも役立てるよう、趣味で始めたのがきっかけです。韓国、そして海外へクールな韓国のインディーズ音楽を届けられるように、すべてのコンテンツをハングルと英語に翻訳していました。サイトに来れば、韓国で開かれている公演やアーティスト、会場の情報をユーザーが自ら投稿したり閲覧したりできます。国内外のアーティストと共に数多くのインタビューを実施し、関連記事を掲載していました。その後、自然な流れでDOINDIEとして公演を企画するようになり、国内の音楽フェスやメディアパートナーとしても活動を行なってきました。
DOINDIEの旧サイトを見ていただいている方には大変恐縮ですが、実は現在、DOINDIEのメディア自体は更新をしておりません。現在は、WEBマガジンとして “DOINDIE” の代わりに”Highjinkx Music Magazine"(ハイジンスミュージックマガジン)、通称 “hmm” という音楽メディア、海外のミュージシャンと一緒に様々なプロジェクトを進行する"Highjinkx"(ハイジンス)と呼ばれるブランド、マネジメントを実行するBeeline Records(ビーラインレコーズ)というブランドにサービスが分化しています。 DOINDIEは単に会社の名前として残っています。「Independent」という言葉は非常に良い意味なのに、韓国では「インディ」という言葉に対してどこか否定的なイメージがあります。DOINDIEという名前自体がジャンルを狭めてしまい、他のジャンルの音楽を取り扱えなくなる部分もありました。そのため、新しい名前で新たなスタートを切ることになったんです。
ーDOINDIEがスタートしたきっかけを教えてください。
音楽好きの友人と遊んでいる時に、パトリック・コーナーと出会いました。その時、彼は外国人でありながらソウルで様々な素晴らしい公演や音楽フェスを企画・制作していました。日本も同じだと思いますが、インディ音楽シーンで自分がやりたいことをしようと思ったら、人並み外れた情熱が必要なんですよ。韓国人でも簡単にできないことを外国の方がしていたこと、韓国インディシーンに深い愛情を持っていたことをありがたく思い、尊敬の念を抱きました。気が合って親しくなったちょうどその時、パトリックが “DOINDIE” という名前のWEBマガジンのローンチを控えていました。DOINDIEの計画を聞かせてもらった時、私も音楽が好きで、翻訳や文章を書くことも好きだったので、自分のやりたいこととマッチしており、自然と彼の活動に加わることとなりました。
DOINDIEが知られるにつれて一緒に活動したいと言ってくれる人が増え、ローンチ当初のように趣味で続けていくのが難しくなりました。そのため、現在は事業者登録をして、会社として様々な音楽関連のプロジェクトを行なっています。昨年は韓国のアーティストの英国ツアー、台湾公演、Aurora、Mitski、Julian Baker、Coinなどの来韓公演を行いました。
ーローンチ以降、DOIDIEはどういったメンバー構成で運営してきたのでしょうか。
その時々で異なりますが、常に10人余りの人が「チームDOINDIE」として一緒に活動してきました。インディシーンを駆け回っている中で出会った人が私達の活動に関心を持ち、チームに入ってくることもしばしばありますね。その他、定期的にDOINDIEのSNSを通じてサポーターを募集したりしました。6ヶ月単位で活動してもらっていたのですが、期間が過ぎても活動したいという友人はそのまま残り、欠員が生じると、再募集をかけています。本当は6ヶ月間と言わず、もっと長い間一緒に活動をしたくて試行錯誤していたのですが、メンバーの生活環境の変化が避けられなかったんです。ありがたいことに、たくさんの音楽好きな若い世代が関心を持ってくれて、そのおかげで得られた貴重な縁が多いです。サポーターをやめた今も、私たちが手がける公演に招待したり、一緒にライブに通ったりしていて、ほとんどが今でも良い友人です。
ーDOINDIEの「About」ページを見ると、メンバーのみなさんはプライベートの時間を使ってボランティアとして情報をアップしたり、インタビューされているとありますが、これは本当ですか?
はい。本当です。メンバーには活動費を支払う代わりに、ライブのチケットやアルバム、グッズなどをプレゼントしていました。活動費云々は関係なく、音楽が好きな人同士集まって、一緒にいること自体が楽しいんです。もちろん、コンテンツを企画・制作するサポーターズ活動以外の仕事(例えばライブスタッフ)をするときは、お給料を支給しています。
ーメディアを運営する上で大変に感じることはありますか?
難しい点はたくさんあります。基本的に私達が韓国語と英語の翻訳を同時に進めるのですが、そこに投資する努力と時間が非常に大きいんです。記事については、有料で外部ライターに頼んだ訳ではなく、サポーター同士のアイデアを突き合わせて企画し作り上げていたので、コンテンツのクオリティがどうしても安定しない部分もありました。どんな小さなコンテンツや情報であっても、ホームページにアップするのにかなりの努力が必要であることは、おそらくメディアを運営されている方は皆、共感するのではないか思います。
「韓国らしさ」に固執する必要はない
ーリムさん自身は、どういった経緯で韓国インディ音楽にハマったのでしょうか。
音楽好きの友人に連れられて弘大に遊びに行き、さまざまな音楽が存在する韓国の音楽シーンを発見し、その時からよくライブに通うようになりました。その過程で、パトリックとも出会いました。韓国のメインストリームであるK-POPとは全く異なるスタイルの生き生きとしたインディ音楽の魅力と、小さな会場で行われるアーティストとファンの共鳴、雰囲気に虜になりました。私はど田舎で育ち、ソウルに来るまでこうした文化を経験したことがなかったので、インディ音楽がさらに印象的に感じられたのだと思います。
ー韓国インディをどのように定義していますか?
基本的にインディというのは、「ジャンル」というより「姿勢」や「主義」として捉えるのが正しいと思います。いわゆる韓国インディは、主に「弘大」という地域を中心に流行っていましたが、今はそのような雰囲気やアイデンティティ自体がほとんど消えてしまったような気がします。世界の音楽市場ではK-POPが躍進していますが、K-POPのようなメジャー音楽とはまた違った形で作られた音楽(例えばDIY)をインディ音楽と呼ぶことができるでしょう。
ただ、最近はインターネットが発達して国の境界がなくなり、「韓国的」であることに固執する必要もないと思っています。世界中のミュージシャンたちが、国関係なしに最近流行っている音楽を追っています。このような状況で、言語はさておき、音楽だけを聴いて「韓国」的な要素を抽出するのはほぼ不可能です。韓国で活動する韓国人のアーティストが作る様々なジャンルの音楽を総称して、韓国インディと呼ぶことができるんだと思います。
ー最近注目しているインディアーティストはいますか?
最近は、韓国インディシーンの雰囲気が前より下火な感じがします。以前ほどかっこいいと思える新人アーティストが多くない気がします。とはいえ、浮き沈みがあるのが世の常ですから!現在、私達が注目しているインディアーティストは、Wedance、イェリ、Budung、Jackingcong、Numnumなどです。一つずつ聴いてみて、関心を持っていただけたらうれしいです。
ー韓国のインディシーンは何年ごろから注目しているのでしょうか?その頃から現在までのシーンの変化は感じますか。
DOINDIEは、準備期間を含めて約10年ほど密接に韓国のインディシーンと関わってきました。その間に感じた変化も大きいです。悲しい話を先にすると、韓国インディのアーティストの年をとっていく中新しいファンの流入は遅く、それとともに、自然と熱気も冷めてしまったようです。その原因には、バンドのアマチュアリズムや「me too」と行った性の問題、軍隊問題(※韓国の男性は軍隊に必ず行かなければならない)などがあると考えます。
数年前までは韓国インディは「弘大」と呼ばれ、実際にそれだけの実体もあったと思います。むしろ、あまりにも弘大だけがクローズアップされることが問題でもあったんです。しかし、今はこのような共同体と言える雰囲気がほとんど消えてしまった気がします。この点に関しては、いい面と良くない面があると思っています。
先ほど言ったように、今ジャンル自体が曖昧になって、さほど重要ではなくなってきています。どんなジャンルにするかが重要ではなく、ジャンル問わず良い音楽を作り出すことが一番重要となりました。メディアの発達により音楽が昔よりも簡単に聞かれるようになったことで、今はリスナーの耳に合った音楽にしていかねばならない時代です。韓国では、HYUKOHやチャンナビ、ADOYようなアーティストが良い例だと思います。
現在、中堅クラスのインディアーティストがほとんどいません。ちょうど5年前は多かったんです。彼らは期待されていたのですが、その時グッと成長できなかったアーティストがかなりいます。残念なことです。
しかし、その中でも、良い音楽を始めている注目すべき新人アーティストもいます。音楽の他に、プロフェッショナルな作品やブランディングを事前に準備して、戦略的に音楽活動を始めるアーティストが増えているのも大きな変化ですね。これはとても良い変化であり、今後、韓国のインディシーンにおいて期待できる要素の一つです。
ーリムさんが良く遊びに行くホンデのおすすめ音楽スポットをご紹介いただけますか?
Senggi Studio(センギスタジオ / 생기스튜디오)、Gimbab Records(キンパプレコーズ / 김밥레코즈)、Channel 1969をおすすめします。
Senggi Studioは、弘大にある小さな規模の会場です。昔、NON(논)というバンドのメンバーが心を込めて立ち上げた空間です。ライブ公演やSenggi Sessionというライブ映像制作もしており、DJイベントやスタジオとしての機能もあります。空間そのものが暖かくて美しいのが特徴です。音響も良いですし。弘大に来たら、一度は立ち寄って見て欲しいです。
Gimbab Recordsは、現在ではほとんど見つけるのが難しい韓国のレコードショップの一つで、音楽に深い関心と愛情を持つオーナーが運営をしています。優れた海外アーティストとの来韓公演を行ったりもしています。韓国のレコードショップのおすすめを教えて欲しいと外国の方から聞かれた時に、いつも自信を持って教えている空間です。
Channel 1969も弘大にあるライブ会場です。一度場所を移転しましたが、相変わらず特有の個性的な雰囲気を維持していて、DJやバンドのライブなど、素晴らしいイベントがいつも行われています。Channel 1969がある延南洞(ヨンナムドン)も、まだ弘大特有の雰囲気が生きている町なので、会場に行くまでの道のりも楽しいと思います。
今後はアジアの国々との連携を強めたい
ー今後の活動予定を教えてください。
先ほど申し上げた通り、私たちは2020年3月に新しくHighjinkx Music Magazineをローンチしたばかりです。これまでは、記事メディアとして音楽に関する公演やバンドのプロフィールなどのデータベースを提供していましたが、hmmでは音楽コンテンツ制作に焦点を当てて、よりエネルギーを投下していくつもりです。今後は、当社が直接アーティストと音楽をキュレーティングする方向性でコンテンツを作ってみようと思います。また、アジア地域の似たような音楽マガジンと連携し、記事を翻訳して掲載しようと考えています。
ーアジア地域での連携に関して、Highjinkxの "Focus Asia" というプロジェクトに興味があります。もともとアジアの音楽をピックアップしたいという構想はあったのでしょうか?
はい。アジアに対して非常に強い関心があり、"Focus Asia"というプロジェクトを開始しました。Forcus Asiaは韓国で紹介したいアジアのアーティストを招待してライブを開催するプロジェクトで、これまで、タイのGym and Swim、台湾のManic Sheep、I Mean Us、フィリピンのMellow Fellow、中国でのChinese Footballが公演を行いました。2020年には、日本のアーティストの公演も計画しています。それが誰なのかはまだ言えないですが。近い将来「Focus Asia Festival」なるものも構想中です。アジアは地理的に密接していて、また文化も似ています。これまで、アーティストは成功するためにアメリカやヨーロッパの市場に憧れをもち注目していましたが、今はアジア地域も音楽市場としてのパイが非常に大きくなったんです。すでにアジアの関係者とのコネクションがありますし、地理的に他の地域に比べてコストが安くすむため、より簡単に楽しくクールなことを実現できると信じています。一つずつ進めていきましょう。アジアでやりたいことは多いです。 BUZZY ROOTSさんもぜひ一緒に。
ーぜひ何か一緒にやりたいです!最後に、一言お願いします。
長い間DOINDIEで培った経験を活かして、さらに質の高いコンテンツを展開する予定なので、ぜひ楽しみにしていてください!可能であれば、日本語にも翻訳して情報提供する日が来ると思いますので、その日が早く来てほしいと思っています。ぜひ、今後も注目していただけたら嬉しいです。
ーありがとうございました!