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【Kwon Tree インタビュー】生活者であり、表現者であること。韓国大衆音楽賞フォーク部門2冠の裏側《前編》|INTERVIEW #80

前作から6年。待望の4作目『The Fragrance of Life』を携えて帰ってきたKwon Tree(クォンナム/권나무)は、2026 第23回 韓国大衆音楽賞で「最優秀フォーク・アルバム賞」「最優秀フォーク・ソング賞」の2冠に輝いた。

栄えある授賞式の壇上、彼は喜びと戸惑いが入り混じった表情で、自身を「プレゼントを上手く受け取れず、心が重くなってしまう子供」に例えた。そして「音楽のおかげで、どうにかまともに見える人生を歩んでこれた」と、これまでの10年を振り返り、音楽への深い感謝と責任を口にした。

華々しい脚光を浴びる一方で、彼は小学校の教壇に立ち、父として日々の生活を営む「生活者」でもある。限られた条件の中で、自分らしく表現を続けること。それによって他者を理解し、自分を愛すること――。彼が授賞式で語ったメッセージは、まさに今作に漂う「生の香り(The Fragrance of Life)」そのものだ。

受賞から少し時間が経った今。改めて彼が語る音楽への想いや、空白の6年間にあった心の葛藤、そして「生活者であり表現者」である彼の現在地に耳を傾けた。

Interview & Text:AKARI(BUZZY ROOTS)

韓国大衆音楽賞の受賞と、贈り物の心地よい重み。

—— 最優秀フォーク・アルバム&ソングのダブル受賞、本当におめでとうございます。4thフルアルバム『The Fragrance of Life』が「最優秀フォーク・アルバム賞」、収録曲の「Unknowingly,  So Did I」が「最優秀フォーク・ソング賞」に選ばれました。授賞式のステージでは、特にアルバム部門受賞への思い入れを語り、感極まるシーンもありましたね。授賞式で賞を受け取った時の心境、そして、授賞式から少し時間が経った今のお気持ちを改めてお聞かせください。

本当に大きな賞をいただくことができました。これまで一緒に歩んでくださったすべての方々に、心から感謝申し上げます。受賞の感謝と喜びは、いま私の心の中のとても大切な場所にゆっくりと静かに落ち着いています。実は、大きな贈り物をいただくと、私はむしろその重みを深く受け止めてしまうタイプなんです。この賞を届けてくださった方々の想いに、自然と想像が膨らむからでしょうか。ただ、それはとてもありがたくて心地よい重みでもあります。

大きな賞を前に、明るくハツラツと満面の笑みで喜べることも、それはそれで本当に素敵な姿勢だなとも思うんです。韓国大衆音楽賞は、韓国のミュージシャンたち、特に私のようなインディペンデントなクリエイターやインディアーティストにとって、これ以上ないほどの励ましであり、心の拠り所であり、勇気なのだと感じています。

   

—— キャリア10年を超え、過去に韓国大衆音楽賞を複数回受賞し、「ベテラン」と目されるようになったかと思いますが、改めてご自身の立ち位置についてどのように感じていらっしゃいますか?

音楽家として歩むべき道は、当然ながらまだまだ遠いと感じています。ただ、ここで言う「歩むべき道」とは、音楽家としての義務感や責務、あるいは必ず到達しなければならない目標のようなものを指しているわけではありません。

音楽家である前に一人の人間として、人と人との間で生きる存在として、日々壁にぶつかり、漂流し、どこかへかろうじてたどり着いたかと思えば、すぐにまた旅立たざるを得ない。そんな宿命のようなものを抱えて生きる日々が、私にとっても当然のように、今もなお続いているからです。人生を終えるその瞬間まで、私たちはどこかへ向かうプロセスの途中を歩み続けているのでしょう。

もちろん、音楽それ自体が十分に多層的で立体的なものであることは間違いありません。ですが、自分自身の物語や内面を汲み上げて表現するクリエイターが、果たして「自分の人生」よりも前に「作品」を置くことができるのだろうか、ということは考えてみる必要があります。クリエイター自身の人生がどこかに向かって動いているのなら、音楽もまたそれに伴って動かざるを得ない、と私は思っているからです。人生そのもの、そして自分が人生に向き合う姿勢は、どうしたって作品を通じて表れたり、漂ったり、あるいは滲み出たり、宿ったりしてしまうものです。

そういう意味で、現在の私の音楽的な立ち位置というのは、この時代の中で共に流れている、私個人の人生の立ち位置と大きくは変わらない気がしています。音楽家として自分の音楽がどう評価され、どう呼ばれるかを考える前に、「自分の人生が今どこにあって、どう流れているのか」を敏感に察知すること。それこそが、常に最も大切にすべき部分ではないでしょうか。

もし、デビュー当時に比べて私の作品やライブが本当に深まり、成熟してきているのだとしたら、それはきっと、私の人生がその方向へそれほど悪くない形で流れてきたからなのだと思います。そう考えると、いつもありがたい慰めと、大きな癒やしをいただけるのです。

今でもたまに 胸がふくらむことがあるんだ 
キラキラと輝いていた日々が
今も変わらず 愛が始まる瞬間が
本当に掴んでみようか 足を止めた先に
夢のように軽やかな笑顔だけ
—— トラック01「Unknowingly, So Did I(그렇게, 나도 모르게)」より

    

—— 前回 BUZZY ROOTS に登場していただいたのは、2019年のジャパンツアーの時。3rdアルバム『New Day』(2019)を引っ提げてのツアーでした。初めての海外公演だったかと思います。ツアー終了後に「なるほど、世界は繋がってるんだ!(나루호도, 세카이와 츠나갓테 룬다로!)」というコメントを残されていましたが、今振り返ってみて、何かその時の経験や気づきがその後のご自身の音楽活動や日々の思考に影響を与えることはありましたか?

とても個人的な話ですし、そのとき会場へ足を運んでくださった日本の観客の皆さん、共にツアーを作り上げた仲間たち、そして日本での公演を可能にするために尽力してくださった多くの方々に失礼になってしまうかもしれないと思い、これまで一度も公にお話ししたことはなかったのですが……。随分と時間が流れた今だからこそ、少しお話ししてみたいと思います。

実は、2019年の日本でのツアーの後、長い時間をとって自分自身を深く振り返ってみました。初の海外ツアーという、とても貴重でありがたい機会をいただいたにもかかわらず、当時の私はあらゆることに疲れ果てていたんです。ですが、当時の自分は「自分が疲れている」という事実を認めたくなかったのだと思います。準備の過程で最善を尽くしきれず、大きなイベントを滞りなくやり遂げるために必要な配慮が行き届いていませんでした。恥ずかしい話です。

ステージというのは、音楽と音楽家、そしてベニューへの信頼があってこそ成り立つものですが、当時の私はいただいた信頼に対して、十分なものをお返しできないまま帰ってきてしまったと感じています。ツアー中、ただの一度も満足のいくライブができませんでした。演奏中もメンバーとの呼吸が合わず、自分の感情をコントロールすることすら難しかったのです。振り返れば、原因はすべて私の中にありました。

そのツアーには家族も同行していたのですが、私がずっとピリピリと神経質になっていたため、あの時間がみんなにとってどんな記憶として残っているのか、未だにきちんと尋ねることができずにいます。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。

その後、自然と長い時間が流れ、人生におけるさまざまな変化を経験する中で、すべてがゆっくりとあるべき場所へと戻っていきました。今、再び心から満たされた状態でライブを続けられていることに深く感謝しています。

ですが、今でも心の奥底に残り続けているのは、まだ見ぬ韓国の音楽家のライブを観に会場へ足を運んでくださった日本の観客の皆さん、ステージを提供してくださった会場の方々、そして公演のために間で奔走してくださった関係者の皆さん、何よりも一緒に演奏してくれた仲間たちや家族への申し訳なさです。ただ、多くの時間が経った今、当時の葛藤や悔しさ、申し訳ないという想いは、それ自体が私にとって本当に大切な、かけがえのない経験となりました。おかげで、少しはマシな姿とマインドで、今日まで活動を続けてこられたのだと思っています。

「なるほど、世界は繋がってるんだ!」

2019年の時点では、この言葉は虚しい叫びになってしまっていたと思います。音楽家として素晴らしいステージをお見せできて初めて、音楽が持つ普遍性や、国境を越えた感動について語る資格が得られるはずですから。もしまた日本の観客の皆さんにお会いできる機会があるなら、あのときいただいた温かい想いに、今度はもっと真心を込めた最高のライブでお応えしたいです。そのときこそ、心から観客の皆さんと音楽で繋がれた瞬間を実感したいと思っています。再びチャンスが訪れることを心から願っています。

    

創作の湧き水が枯れた恐怖。「生活」と「表現」の間で

—— そこから約7年という時間が流れました。その間、ご自身の生活や日常、創作環境に何か変化はありましたか? 具体的な変化と、それがクォンナムさんの創作にどのような影響を与えているのかお聞かせいただけますでしょうか。

気づけば随分と長い時間が経ちましたね。その間本当に色々なことがあり、我が家も今では4人家族になりました。子どもたちを育てながら、一人の生活者として、世間一般のご家庭とそれほど変わらない時間を過ごしてきたと思います。

そのため、「創作者として独りになり、深く、心ゆくまで創作の過程を楽しむ」という時間が、ときには贅沢に感じられることもありました。何より、以前の私は「創りたい時に創り、止めたい時に止める」という自由な生き方をしていましたが、家庭を持ってからは「できる時にきっちりやり遂げること」、そして「機会が訪れたとき、それを確実に成し遂げられる万全の状態に自分をもっていくこと」が何よりも重要になりました。

作業スタイルも少し変わりました。生活の合間を縫って曲作りをすることに慣れていく中で、作業中のモニター環境をあえて実際のライブ会場と同じようにセッティングしてみたり、デモ音源を作るプロセスを自分なりにシステム化しようと、色々と試行錯誤を重ねてみたりしていました。

ただ、そうやって努力したにもかかわらず、皮肉なことにその大半の期間、創作はまったくと言っていいほど上手くいきませんでした。合間を縫って曲は書き続けていたものの、気に入る曲はほとんどなかったんです。今振り返れば、それは当時の自分の置かれた状況をありのままに認め、受け入れることから生まれた音楽ではなく、どこか「日常から逃げ出したい」「現実から目を背けたい」という後ろ向きな気持ちが、そのまま形になって表れてしまっていたからだと思います。忙しく、目まぐるしい日常の中で、自分の感覚や情緒といったものがどんどん乾いていくのを感じるたび、創作はますます難しくなっていきました。

「創作者としての湧き水が、もう完全に枯れてしまったのではないか」と恐怖を覚える時期もありましたし、胸が締め付けられるような息苦しい日々が長く続きました。もちろん、日々の生活そのものが実際それくらい大変だったという面もあると思います。ただ、創作を阻んでいる本当の原因は、外部の環境ではなく、それを受け止める自分自身の態度や心構えにあるのだということは、頭では痛いほど分かっていました。それでも、心を良い方向へと切り替えるのは簡単ではありませんでした。理解することと、それを実際に実践すること。その間にある広い川を渡ることは、本当に難しかったです。

それでも、たとえこの先、二度と作品らしい作品が作れなくなってしまったとしても、焦って形だけのものを作るのだけは絶対に嫌でした。どれだけ時間がかかろうともいつかは必ず、自分が本当に求めているストーリーを納得のいく楽曲に込められる日が来る。そんな根拠のない信頼というか、心の片隅にある一種の楽観を失わずにいられたことは、幸いだったと思います。

それと、もう一つ忘れてはならない大切なことがあります。2019年に3枚目のフルアルバムをリリースしてから、今回の4枚目を出すまでに6年という時間が流れましたが、その間、ありがたいことに多くの場所からお声がけをいただき、ほぼ毎週のように大小さまざまなライブを続けることができたのです。そのおかげで、ミュージシャンたちと息を合わせ続け、一緒に成長していくことができましたし、何より音楽家としての感覚や姿勢を失わずに維持することができました。振り返ってみると、すべてがありがたく、奇跡のようです。

育む心 去りゆく心
去るために育む心
去りゆく心 育む心
育むために去りゆく心
—— トラック05「Two Hearts(두 마음)」より

眠る君を見ていると
世界で一番愛しているよと
君の背中をそっとなでながら
全部僕が引き受けるから
—— トラック08「Watching You Sleep(잠든 너를 보고 있으면)」より

      

デモ制作と、いくつかの曲をレコーディングした部屋。忠清南道・天安。

4thフルアルバムリリース記念ツアー 『2026 The Fragrance Of Life』/ #01 ソウル, TONE STUDIO

      

小学校教師としての日常と、人生の「間(あいだ)」に置かれる自分

—— 今も変わらず、小学校教師としてのお仕事は続けられているのでしょうか? 本業と創作、ライブステージ、そしてご家庭のバランスを上手くとりながら生活していらっしゃることと想像しています。

私は今も、小学校の教師として子どもたちと一緒に生活しています。教室という場所も、常にライブそのもので生々しいです。教師としての人生、教室での生活もまた、秩序と混沌、混沌と秩序を交差させながら、やはりどこか一つの地点に向かって循環し、進んでいるのだと思います。

人生を歩むプロセスの中で、私たちが「バランス(均衡)」を意識する瞬間というのは、逆説的ですが、むしろ自分が何かに「偏っている」時ではないでしょうか。「偏った状態」や「偏って見える状態」を少し違う表現にするなら、何かに没頭し、没入している状態とも言えますよね。そういう意味で「バランス」とは、最終的に到達すべき固定された状態というよりも、毎瞬流れていく人生のプロセスの中で、絶えずその状態や位相が変化し、調整され、新たに生まれていくもの。言葉として捉えて、かろうじて記録しておけるほどの「刹那の結果」と捉えるのが、一番しっくりくる気がします。もちろん、バランスそのものを目的や目指すゴールと考えることもできますが、私はそうは思いません。私が考えるバランスとは、人生の結果として「語られるもの」であり、「呼ばれるもの」であり、そう「見られるもの」。人生のあとに自然と付いてくるものなのだと思います。

私の歌の言葉を少し借りて言うなら、記憶と記録の差、理解と実践の差、種まきと収穫の差、悲観と楽観の差……。結果として、私たちは誰もがその「間(あいだ)」のどこかに身を置きながら、同時にその場所、その時間を通り過ぎている最中なのだと思います。私は、その「間」にいる時の自分の姿こそが、真実に近いのではと感じています。「私はこういう人間だ」と言い切ってしまうのは、自分自身に対して少し過度な決めつけた判断を下しているのではないでしょうか。私たちはみんな、どこからか流れてきて、今もどこかへ流れている途中なのですから。

そういう意味で、バランスに対する考えや議論が、今自分のいる地点を決定的に縛りつけてしまうような使われ方には賛成できません。私たちは広大な宇宙の流れや、時代・社会の流れの中で生きると同時に、自らも絶えず変化していく存在であり、その変化を作り出していくのも自分自身だからです。

それゆえに、誰もが「自分は今、一体どこまで来ているのか」を知ろうとすることは重要だと思います。位置に対する感覚のようなものです。ただ、自分自身でそれを十分に把握できるかというと、少し懐疑的でもあります。私たちは他者を鏡にすることで、自分の姿や自分の立ち位置を、ほんの少しずつ知っていくものだと思うからです。

結局のところ、自分が認識している自分と、他人が認識している自分、その「間」のどこかに「私」という人間が置かれるしかない。真実だと言えるようになるのは、つまるところ、その「間」に対する感覚なのではないでしょうか。

僕はもう 寂しくない
失ったものが 寂しさだから
種まきと収穫の時間差が
生み出す喜びの消耗を追う
—— トラック04「Too Much Lost to Weep(잃어버린 게 너무 많아서)」より

>> 【後編】に続く

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AKARI

AKARI

BUZZY ROOTS 主宰

1994年生まれの自称、韓国音楽PR大使。インディペンデントな韓国のミュージシャンや業界人を中心にインタビューやコラムを執筆。「韓国の音楽をジャンルレスに届ける」をモットーに、韓国インディ音楽に特化したWEBマガジン「BUZZY ROOTS」の運営や、音楽・カルチャーメディアへの寄稿、広報、DJイベントへの出演、アーティストのアテンドなど、できることなら何でも形を問わず行なっています。プライベートでは、韓国人の夫と結婚し、二人の子どもを出産。子育てをしながら東京とソウルを行き来しています。

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  2. 【Kwon Tree インタビュー】生活者であり、表現者であること。韓国大衆音楽賞フォーク部門2冠の裏側《後編》|INTERVIEW #80

  3. 【권나무 인터뷰】생활인이자 창작자로 산다는 것. 한국대중음악상 포크 부문 2관왕의 이면②|INTERVIEW #80

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